2022年5月21日と22日、調布市せんがわ劇場にて行われた「第12回 せんがわ劇場演劇コンクール」に一般審査員として参加しました。
とてもとても得るものの多かった魅力的な2日間と、それに至る道のりをここに記しておこうと思います。
コンクールに至るまで
3月下旬
いきなり時は今年の3月に戻る。(私にとって)大事なことなのでここから書いておきたい。
3月某日…あの日。納得のいかないプロセスを踏んでいく公開審査、壇上から一方的に放たれる言葉、それらを観客として傍観することしかできなかった。声を上げてみたけれど、その事すらこのやるせなさに加担してしまっているのではないか、と自己嫌悪に陥った。
芸術を盛り上げるはずのイベントがこんなにも士気を下げるものならば、傷つく作り手を見ることになるのならば、それがとても苦しいと感じてしまうならば、私はいちど観ることから離れたほうがいいのかもしれない。
「観客は無力だ。」
インスタのストーリーズでそう嘆くことを選択しているダサい自分にますます嫌気がさして力なく歯を磨いていたら、画面右上に赤く通知がともる。
私はとてもパワフルな、大切な対話の相手だと思っています。あなたのエネルギーは舞台の上や奥に届いていると思います。
以前感想を書いた作品に関わっていた方からのDMだった。
思いもよらぬあたたかい言葉に、大袈裟でなくわんわんと泣いた。今も思い出してちょっと泣いてる。優しさに甘えてさらに弱音を吐いて、さらにあたたかい言葉ではげましてくださって、涙でしおしおになりながらもあと少し観客として踏ん張ってみようかな、と顔をあげることができた。
そんな折、せんがわ劇場のTwitterアカウントで一般審査員を募集していることを知る。
www.chofu-culture-community.org
2022年5月21日(土)、22日(日)に開催する第12回せんがわ劇場演劇コンクールで、オーディエンス賞の審査をする一般審査員を募集します。
表彰式後は、ファイナリスト、専門審査員、一般審査員が参加し、直接意見交換ができる「アフター・ディスカッション」も開催します。
ご応募お待ちしています。
せんがわ劇場演劇コンクールとは
調布市せんがわ劇場は平成20 年に開館した調布市の公共劇場です。
(中略)
コンセプトは「出会い」。批評の言葉、観客、アーティスト同士など、さまざまな出会いを提供し、従来のコンクール以上のコミュニケーションを目指しています。 本コンクールではとりわけ、批評の言葉を大切にしています。全専門審査員が全ファイナリスト団体について直接講評し、その後、一般審査員と参加団体も交えて講評をもとにしたディスカッションを行います。
要綱を読んで、観客は無力だとか、感想を直接伝えるすべもあまり無いのに消費するばかりなんだとか、そうやって弱者ぶって可哀そうぶっている私に、ゲンコツをもらったような気がした。あの日のあれが全てではないのだ。
それにあの日の審査の過程にあんなに文句をつけたんだから、私自身もちゃんと“審査する苦しみ”を味わったほうがいい。頭も心もぎゅうぎゅうに絞って考えて、全力で観客を全うしてみたい。
そう思って締め切りいっぱいまで「意気込み:200字」を練りに練り、意を決して鼻息荒く応募したのだった。
4月中旬
一般審査員内定のメールを受領。
「やった!内定だ!」とウホウホする気持ち2割、
ふと冷静になって「えっでも素人なのに…劇団のひとと直接ディスカッションって…」と急速にビビる気持ち8割。
先日のコンクールでの縁で相互フォローになったオジサマが前回一般審査員を務めておられたので前回の話をきいたり、頼りになる運営の方について伺ったりするなど。その節はありがとうございました。
とりあえず体力をつけたほうがいい気がする!とswitchのフィットボクシングの強度を上げた。汗だくで空を殴り不安を紛らわす日々が続く。
5月上旬
一般審査員むけの説明会開催。
せんがわ劇場現地での参加、Zoomでのリモート参加どちらでも可能とのことだったので、私はZoomを選択。直前まで子供を風呂に入れていたのでその辺に落ちてた服を慌てて着て説明会に滑り込む。
説明会では運営スタッフの紹介、当日の流れの説明、一般審査員の簡単な自己紹介、質疑応答が行われた。
オジサマからの事前情報でやんわり情報は入っていたが、メイン運営スタッフの方々は今までの本コンクールでの参加団体の方だということに改めて驚く。非常にアットホームな雰囲気。
質疑応答では、
「SNSでつぶやいてもいいか?」(A:審査員をやることは呟いてもいいが、コンクール終了までは具体的な感想は控えてほしい)
「Youtubeのアーカイブは残るのか?」(A:権利の関係上、アーカイブは残さない予定)、
「参加団体とアフターディスカッション後も質問できる時間はとれないか?」(A:現状組み込むことは難しい、意見は来年に活かしたい)
などの質問が。
「長丁場でおなかが空きそうなので、おにぎりとかバナナを持ち込んでもいいですか?」
って質問はビビってできなかった。あとでメールで聞こうっと。そう思っていた時期が私にもありました。(←結局聞くのを忘れた)(結果として控室には持ち込んでも良かったし、お菓子やコーヒー、お茶などを用意して頂いていた。ホスピタリティ◎)
最後に運営の方から
「それぞれ贔屓の団体や俳優がいらっしゃるかもしれませんが、今回はいちど気持ちをフラットに戻して見て、審査をしていただきたい。」
との言葉。
ただの観客でもない、”一般審査員”という絶妙な立ち位置。気を引き締める。
コンクール1日目
いよいよ迎えたコンクール当日。
寸胴いっぱいにこさえたカレーを、
「2日間これで生き延びて!じゃ行ってくるね!!」
と家族に託し、意気揚々といざ仙川へ。井の頭線と京王線が別物であることに駅で戸惑う。文字が読めてよかった、案内看板があってよかった。都会の乗り物ムズカシイ。
霧雨の降るなか若干迷って島忠ホームズを横目にながめつつ、なんとか劇場に到着。
2階にある一般審査員の控室へ。
説明会で画面越しにお顔を拝見したみなさんと初対面。
劇場の近くにお住まいの調布市民の方から、観劇好き、年間100を超える観劇数を誇る猛者、制作や俳優として演劇に関わりのある・あった方、そして私のように勢いではるばるやってきたゴリラ、と充実のラインナップ。
聞こえてくる演劇談義をコソ聞きしたり、席の近い方とおしゃべりをしながら定刻を待つ。2日間とも同じ運営の方が一般審査員専属でアテンドしてくださるとのことで安心する。
12:40、全員がそろったところでスケジュールの確認とあらためて審査基準の説明。
一般審査員の任務は基本的に3つ。
-
ファイナリスト5団体の作品をすべて観ること
-
オーディエンス賞を決めるため、2票を投票すること*1
-
審査会と表彰式に参加すること
上記3点に加え、任意でファイナリスト団体とのアフターディスカッションに参加する。1日目は約5時間、2日目は約8時間強の長丁場。フィットボクシングで鍛えたゴリラは最後まで生き延びることができるのか?!膨らむ期待と緊張とともに、劇場後方の一般審査員席へ向かう。
いよいよコンクールスタート!
①盛夏火「スプリング・リバーブ」
唐突に花キューピットで届けられる大量のラベンダー、サンリオ派vsサンエックス派の戦いの記憶、トランスフォーマーとカスタムロボの話をしたい俺、なんだかかみ合わない話、から発覚するタイムリープ。
時をかける少女と漂流教室をメインにして襲い来る俺たちの青春。みはるさんはみくるちゃん、まるで2010年前後のニコニコ動画と見紛うかのように情報が右から左に駆け抜ける。
マーシャルのアンプ、スプリング・リバーブ…残響の中死ぬかと思った。なんとか踏ん張って生き抜いた先で見たものは、いにしえのあの真っ赤なTシャツ……
前半でばらまいた伏線をすべて回収しきって鮮やかに去る。残していったのは強烈な爽快感と、残り4団体がカーテンコールをするか気になっちゃうというとんでもない爆弾であった‥‥オープニングにふさわしい見事なブチ上げ花火。「楽しく生きる」姿はとてもパワーをもらえることなのだと再認識。
②ほしぷろ『「なめとこ山の熊のことならおもしろい。」』
あなたは”人ならざるもの”をその眼で見たことがありますか。
仕事を果たし、約束を果たし、命を果たしたものの美しき解脱。命をこの世に縛るしがらみをひとつひとつほどき、その叫びはいつしか歌へと変わる。それを見つめる小十郎の慟哭。それは己のしがらみを熊にも課してしまった罪悪感か、それとも先に解放された熊への羨望か。
現代人となめとこ山で生きた小十郎が行き来する。
殺傷と距離ができている私たち。資本主義のなかで生きていかねばならない小十郎と私たち。私ちは何を殺して生きているのだろう。スズランテープで作られていく山、川、くしゃくしゃの街。
その風景を見て「おもしろい」とこの作品を消費している自分に気づき、静かに去っていった彼女を思う。
そこから漏れる光は記憶の底の光。それを見たとき私は「見つかった」と思った。
離したくなかった手、離してしまった手、ハンドルを握る手、体を這う手、幼い私の目を覆う手、触れ合うことのない挙げられた手、無遠慮に肩に置かれる手、間違う手、見知らぬ人に握られる手…すべての居心地の悪さが等しく置かれる。それは数多の「手」をしっかり”見ている”証。やさしい眼差し。
割り緞帳から深淵を覗く。その時、深淵もまたこちらを見ている。
じゃあ私が誰かを見る眼差しは?その手はこの目にどう映っている?誰かの背中にからだをあずける。誰かのからだをあずけられ、支えているのか押し返しているのか。背中合わせで誰か、が、見えない。
はたまた、私はシステムを手放せるだろうか。手放せたとして朱に染まる街を、この社会を生きていくことができるだろうか、道を作る事ができるだろうか。…私の手がいま握っているものは、このみぞおちに刺さるものは、いったい何だ。
転換中
せんがわ劇場演劇コンクールは完全入れ替え制。観客は1公演おわるごとにホールを出ることになる。私たち一般審査員は次の団体への転換の間、控室に戻り感想をまとめる。
手元のメモ用紙に感想をまとめてもよし、他の一般審査員と語らってもよし。
そして「作品への感想」「作品について聞きたい事」の2種のカードが配布され、感想・質問を記入して質問箱へ投函。これはアフターディスカッションでのつかみのネタとして使用するほか、後日PDFにまとめて参加団体へ渡されるとのこと。
1日目終了
3団体分を観劇しカードを投函して明日のスケジュールを確認したら、17:30ごろ1日目は終了。各自散会していくなか居残るしゃべり足りない数人は、あれやこれやと感想や疑問点がとまらない。
「なんで釣りだったのかな?」
「よっ友と釣り友って似てないですか?」
なんて話していたら
「よっ友、よっと、ヨット、だから釣りなんじゃない?なんて僕らは裏で話してました」
と、参加団体アテンドをしていたはずの運営の方もぬるっと議論に参加してくる。もうみんな喋りたくて仕方がない!
「ねえちょっと待って一緒かえろ!しゃべり足りない!!」
部活終わりのJKテンションでオジサマをとっつかまえ、帰りしなにもう少し踏み込んだ議論。ついでに乗り換え駅まで連れてってもらった。ありがとうございました、おかげで無事にジャングルに帰る事ができました。
コンクール2日目
1日目とは一転、気持ちのいい快晴のなか、やっぱりまた若干迷って島忠ホームズを横目に見ながらぐるっとまわって劇場へ。なんで2日とも同じ道通って間違っちゃったんだろう…
11:00、控室に用意していただいたお茶やコーヒーをいただきながら、昨日書きたりなかったカードを書いたりおしゃべりをしながら開演を待つ。
④安住の地『アーツ』
趣味:美術館めぐり、観劇、音楽鑑賞
プロフィールに並べられがちなこの言葉を、もう軽々しく使えなくなってしまった。
卓越した感性、技術、魂の叫びが呼応する。その息づかいは命の灯火。「楽しい」から波紋のように広がり発展して産み落とされた“アート”を、“消費”することしかできない私。解説をよんでふうん、とわかった気になる。勝手に点と点を結んで悦に浸る。それで本当に、アートから私は何かを受け取れているのだろうか。
筆を持ってみる。私自身からは何も湧いてこない。ならばせめて、せめて彼らの生き様を覗かせてはくれまいか。わからないかもしれない、共感できないかもしれない。でもその生きた証をこの手のひらで確かめさせてくれないか。それは私が、生きるために必要だから。
⑤階(缶々の階)『だから君はここにいるのか』【舞台編】
消された台詞、消された登場人物。
俳優が次の役を生きていく一方、消された登場人物は作品という世界にどう存在しているのか。
居るはずだった自分が登場しない世界。ならば消された俺の存在意義はなんだったのか。
板の上にあるもの、そして板の上にのらないもの、すべて必要で必然。チェーホフの銃、を染み入るように体感した。ふたりのハッピーエンドを願ってやまないラブストーリーのように、ベッドサイドで読み聞かせてもらうおとぎ話のように、そこに居ないはずのだれかの幸せを祈る。私はきっとこれから、金色の缶を手にとるたび彼に思いを馳せるのだろう。
転換中・終演後
回を追うごとに口数が少なくなっていく一般審査員たち。というか私。一番うるさい私が黙るからめっちゃ静か。糖分補給しようとお菓子をいただいたけど、どんな味だったか正直記憶にない。
立て続けに5本も見ると、否応がなしに各作品の秀でているところと課題が明確にみえてきてしまう。しかもその長所短所がぜんぶベクトルが違うので、単純に比較することができない。
完成度が高かったのはあの作品、惜しかったけど可能性をとても感じるのはこの作品、自分に一番共鳴したのはその作品…どれも良くて自分の手持ちの2票をどこにどう入れようか。ただの観客ではなく、”審査員”という肩書きの重さもじりじりと呼吸を浅くさせる。
運営の方への質問もよりマニアックなものになっていく。応募総数は?照明のつくりはどの程度要望をひろうのか?上演順はどう決めるのか?というコンクールへの質問から、昨今の演劇のフトコロ事情や運営のむずかしさについても。参加団体のコンクールまでの道のりの解像度が上がる。
全作品へのカードを投函し終えたところで、一般審査員ひとりひとりの所感を述べていく。
どれが好きだったか、どんな基準で投票しようとしているか、オーディエンス賞はどうあるべきか……
みんな考えも好みも違っていて、改めて芸術作品を評価する難しさに胃がねじ切れそうになる。
「演劇は並べて比較することはできない。自分の好みをどうロジックで正当化させるか、なんですよ」
最後に語られた方のこの言葉がすべてだと思った。腹をくくって自分の好みを、この生々しい感覚を組み上げていくしかない。
投票
全員が話し終えたらいよいよ投票。
目の前には投票箱。覚悟を決めて二枚、書く。
「これってもうお客さんの分は入ってるんですか?え、じゃあ私たちが投票し終えたらすぐ開票?ここで?!ヒエーーーッ!!」
日常生活で「ヒエーーーッ!!」って叫ぶことあります?
私は年甲斐もなく叫びました。
だって表彰式で発表されるものだと思うじゃん!ここで開票なんて!待って心の準備ができてない!
開票
投票箱をひと混ぜして、開票。
開票がすすむたび息をのんだり、吐いたり、うなったり。
増えていく正の字、高まる心拍数。
すべて開票され、オーディエンス賞が目の前で決まった。弾けるような拍手。すごい、決まった!!
自分の予想・投票通りだったひと、そうでないひと、様々だったと思うけれど、妙な解放感や達成感と高揚感。
表彰式で発表するから結果はまだ黙っててくださいね、と念を押され、しばしの休憩へ。またみんなで結果の感想をやいやいと話し合う。時刻はすでに15時、プレッシャーで食べれていなかったおにぎり弁当をぎゅう、と詰め込む。美味しい。やっと食べ物の味がする。
表彰式
15:30、ホール観客席に参加団体と一般審査員、壇上に専門審査員があつまり表彰式開始。なお全作品およびこの表彰式はYoutubeで生中継された。
オーディエンス賞:安住の地『アーツ』
まずは観客の投票により決定したオーディエンス賞から。
エンターテインメントとして完成度の高かった安住の地『アーツ』がオーディエンス賞受賞!おめでとうございます!!安住の地にいっぱい大きな拍手を届けられてうれしかった。
講評
ここから専門審査員の方々による講評タイム。各作品につきひとり2分ずつの講評がおくられる。
みなさん誠実に、的確に、なにより愛と期待でいっぱいに言葉を紡いでいて、講評をききながら早くも涙腺のバルブがゆるみ始めてしまう。
とても印象的だったのは、長田さんから階へむけたことば。作品を観て、自分が演劇をはじめたばかりのころ…がらんどうの講堂のカギを開けた時のことを思い出した、と。それは専門審査員としては私的すぎる言葉なのかもしれないけれど、胸いっぱいの感情を伝えようと語られるその姿を見て、なんかもう、勇気を出してここに来てよかったと、本当にそう思った。今このホールは演劇への愛で満ち満ちている。
講評が終わると、各賞の発表へとうつる。
俳優賞:瀧澤 綾音(ほしぷろ『「なめとこ山の熊のことならおもしろい』)
丁寧に織られた演技の瀧澤さんが受賞。
体調不良で表彰式を欠席されていたので、ほしぷろの星さんが代理で表彰状を受け取る。壇上で同士の受賞を膝をガクガク震わせて喜ぶ星さんをみて、ついに涙腺が決壊。マスクして泣くと、あとあと顔が大変になるから我慢しようと思ってたのに。うう、うう、おめでとうございます。
劇作家賞:神保 治暉(エリア51『てつたう』)
発表と同時に上がる雄叫び、ガッツポーズ。
鼓膜と網膜がそれをとらえた瞬間、文字通り泣き崩れてしまった。講評の時点で胸いっぱい、よかったよかったと思っていたけれど、かながわ短編AWでの講評に真摯に向き合い「てつたう」をつくり、それがしっかり花開いて受賞に至るという、のが、とても誇らしくて嬉しくて、、とても報われました。いや私が何をしたわけではないんだけれども。
この2日間は一般審査員としてなるべくフラットに、エリア推しであることはいちど脳みその外側に置いて挑んでいたため急に私的な感情がドワッと押し寄せてきて、しっかり泣いた。ああ、よかった。おめでとう、ありがとう!カンパニーみんなで作り上げたというテキストの評価がとても高かったので、台本販売を鼻息荒く待っています。
演出家賞:星 善之(ほしぷろ『「なめとこ山の熊のことならおもしろい」』)
スズランテープや養生シートでつくられる自然や街、都会や大自然の映像などで神々しい画を作っていた星さんが演出家賞を受賞。俳優賞のときとちがってちょっとあ然としながら壇上にあがり、でも「メンバーみんなで作り上げた作品だからみんなの賞です」と熱く語る星さん。とても良い創作環境だったんだろうなあと、壊れた涙腺から放水が止まらない。
「ねえ!涙とまんないんだけど!!」と隣の方の肩をポカスカしてしまう私に「あなたがマジメだからですよ」と言葉をかけてくれて、その優しさにありがてえと思いつつ、でも違うんです、情緒が原始的なだけなんですと呻きながら必死に目頭を抑える。
グランプリ:階(缶々の階)『だから君はここにいるのか』【舞台編】
脚本・演出・演技すべてで匠の技が光っていた階がグランプリ受賞!おめでとうございます!!
弾けるような拍手のなか、劇作の久野さんが来年このせんがわ劇場にて【舞台編】【客席編】の2編を上演することを宣言。颯爽と締めくくる姿がとても格好良くって、作品への間違いない自信やこれからまだまだ発展していく予感を感じさせられた。
アフターディスカッション
表彰式が終わり記念撮影のあと、アフターディスカッションのため参加団体が待つ楽屋やミーティングルームへ向かう。
今回のアフターディスカッションは各部30分ずつの二部制。事前に希望の参加団体を第3希望までアンケートで聞かれ、運営により2団体へ割り振られる。見た感じ、みんな希望の団体に行けていたように思う。
「あーーーー緊張するう!」と何度か壁に刺さりながら、私はエリア51の待つミーティングルームへ。
ファシリテーターに専門審査員の高田さんを迎え、第一部がスタート。
若干(どうする、どうする?)な手探りの雰囲気のなか、観劇後のパヤパヤした頭で私が投函したウルトラ級に抽象的な質問が一番に引かれてしまい、非常に申し訳なかった…早々に自分の質問だということを申告し、補足説明というか弁解というかただのお気持ち表明のようなオタクムーブをしてしまいとても反省している。叶うならもう一回やり直したい。
ほかに「照明づくりはどうやっていますか?」「男女の逆転した役の演じ分けは何に気をつけましたか?」などの質問カード。一般審査員控室で出た議論などから質問意図を補足したり、さらに個人的に聞きたいことを重ねたり。
面白かったのは冒頭の割緞帳はどうやって調整したのか?という話。緞帳の制御は秒数で。どのくらい緞帳を開くかは和室の稽古場でふすまを使って「これじゃ見切れちゃうね」なんて言いながら練習したとのこと。
そして「てつたう」で印象的に使われていたコンタクト・インプロビゼーションについて。出演されていた熊野さんがちょうどコンタクト・インプロを習っていたので、やってみようとなったと…てっきり全員経験者だと思ってたけど違うらしい。それで「やってみよう」でできるもんなの?!と白目をむいた。「体幹トレーニングとかたくさん練習したよね~!」とニコニコ語るみなさんが眩しくてしかたない。あのなめらかな動きを実現するために相当練習したんだろうね、と観劇後に一般審査員控室でも話題になっていたけど、たぶん私たちの想像の百倍くらいは練習されてたんだろうな…
さらにあのコンタクト・インプロはガチガチに振り付けが決まっているわけではない、という事も驚き。1~10まで細かく決めているのではなく、1・3・5・7・9…と要所だけ決めてあり、その間はアドリブのように、その日のコンディションで繋いでいくので毎回違う、と。まさに「てつたう」の体現だな、と感服した。
最後に劇作・演出の神保さんから「作品を見てどう受け取ったか、何を思ったか聞かせてほしい」との質問。ここでも主観的直観的に話してしまい、自分の語彙力のなさに冷や汗をかきながら、「覚悟を問われた気がした、そして考えの異なる隣人への自分の視点にも気づいた」という事を…伝えたつもり……伝えたかったんです……
ちょっと場が温まってきたぞ!という頃合いで第一部終了。あっという間だった、もっと3時間くらいほしい。
となりの方が「あっなんであのシーンは釣りだったのか聞くの忘れた…」と小さく呟くものだから、「今聞きなよ!もうこんな機会ないよ!」とたきつけ移動直前に駆け込み質問。神保さん、最後まで丁寧にお話ししてくださってありがとうございました!
第二部:ほしぷろ
ほしぷろさんの待つ楽屋の扉をおそるおそる開ける。
「すごい、楽屋ってほんとに女優ライトあるんだあ!」と安直な感想を飛ばしつつ、第二部スタート。ファシリテーターは養生シート演出をベタ褒めされていた長田さん。
第二部ではその場にいる一般審査員の聞きたいことを書き出して質問していくスタイル。
まずは原作未読の方からの、どこまで原作でどこからオリジナルなのか?という質問。原作ガチ勢の私と未読の方の受け取り方が異なっていることなどが話題に。
また、タイトルを原作の「なめとこ山の熊」ではなく「なめとこ山の熊のことならおもしろい」とした理由は?との質問。答えを聞く前に、見てる側はどう考えた?と各々語り、ここでも色々な解釈が存在することにわくわくする。ちなみに私はこの作品を見て「おもしろい」と思って消費している自分自身が面白いな、と感じていた。対する答え…このタイトルに至る経緯は「仮題は『小十郎』だった、でもメンバーで話しているうちに小十郎をやりたいのは自分(星さん)だけだということに気づき、話し合いを重ね、ならばキャッチ―なひとことめをタイトルにしようと思った」とのこと。
印象的につかわれた養生シート演出の誕生秘話や、スズランテープの意図、投影された映像についてなどの質問も。殺生と距離のあることを語るシーンでのビルの映像と、山のシーンでの自然の映像は同じ街で撮影したと聞きふり幅に驚いた。あとあのピンクの熊ちゃん(ダイソー出身)は2代目で、初代は映像に出てきたあの子だというのもマル得情報だった。
いいなあ、と思ったのは福島での公演のお話。
劇中で使ったLED、もともとは「街の光」としていたが、福島での公演で「これ、磐越道」とアドリブで言ってみたところ、観劇してた子供たちから「磐越道はそんなにピカピカじゃないよ!」と声がとんできて、そのとき「じゃあ首都高にしよう」と今回の台詞に至ったとのこと。双方向の演劇というコミュニケーションの賜物だなあと感動した。観劇した子供たちが「おもしろかったあ!」と言ってたけどどう受け取ってるのかな、と穏やかに語っていた星さん。自然の中での公演はとても素敵だろうな。私も子供と一緒に、風を感じながら三角座りでほしぷろさんの作品を見てみたい。
よっしゃノってきた!という頃に第二部も終了。もっと時間ほしい!駄々をこねつつ、このシーン好き!あのシーンも!と拳を突き上げながら楽屋を後にしました。お騒がせしてすみませんでした。。
ディスカッションを終え、ホールへ集まる面々。
ディスカッションどこ行ったの?どんな話が出た?ねぇこの後ラーメン食べに行かん?…と解放感からおしゃべりが加速する。おなかすいた。全員がホールに戻ってきたら、最後の締めの会がはじまる。
まずはそれぞれの団体のディスカッションでどんな話題が出たか、というフィードバック。自分が参加したところ以外のお話を議事録かなにかでいただけないか?と要望を出していたので、それに応えて頂けて大変うれしかった。安住の地の衣装は絵画モチーフだって!うわー最の高じゃん。そして後日デザイン画を安住の地さんが公開してくださってこちらも最&高。
そして運営スタッフさんも含め、各団体の告知タイム。
「明日小屋入りです!」
「僕も明日小屋入りw」
「諸々の申請が!とにかく!大変で!!」
など、ホールに響く思いの丈にホカホカ笑う。
締めの締めは企画監修を担当された徳永さんのお話。毎回改善を図り、コミュニケーションを大切にしているという本コンクール。試行錯誤で心を砕いてこられたことを感じてまたちょっと涙腺がゆるみそうになる。
時刻は19時すぎ。会としては締めるけど、会場は20時まで開けておくのでその間はお好きにどうぞ、とありがたい配慮。これもできれば最後に質問タイムが欲しいと事前に出した要望のひとつだった。
後ろ髪をひかれつつ立ち上がったタイミングで、表彰式を欠席されていた瀧澤さんが到着。急きょ瀧澤さんに表彰状をお渡しすることに。やんややんやの大拍手、文字通りの大団円でコンクールは幕を閉じたのだった。
アフター
「暗い!夜だッ!!」
「せっかくだから劇場の写真とろう!暗い!」
良い感じの解放感で、暗いだけで楽しくなってしまっている私。
女子三人連れだって、ラーメンではなくて美味しいパスタ屋さんに連れてってもらい、「せっかくだから贅沢しちゃおう」とエビやらチーズやらのトッピングを追加する。
アフターディスカッションの感想とか、演劇を愛する人しかいない最高の空間だったねなど2日間のあれこれから、人生どう生きていくかの話に発展し、最後は一人ずつちょこちょこと抱えてるものを白状し大笑い。「それもっと早く言ってよ!」なんてツッコミをいれながら連絡先を交換した。濃厚な時間を過ごした2日間のおかげで友達できたよ。これ書き終わったら、教えてもらった現代サーカスをしっかり見るね。ツアーの会場でも会おうね。
特典
参加5団体の観劇・アフターディスカッション・表彰式出席・新たな友との出会い…と、これだけでもお腹いっぱいな一般審査員ですが…
なんとさらに!
今回のグランプリ・オーディエンス賞の受賞公演への招待も特典としてついている!
どうだ羨ましいだろう!!!私はもう来年の現場が決まっているのだ!!
受賞公演は来年の5月最終週~6月の頭にかけて上演される。ちょうど先週に昨年分の受賞公演があり、見に行った人の感想を見て嫉妬で奥歯を割りそうになっているけれど、私にだって来年の受賞公演が待っている…!
来年観ることができるのは安住の地「アーツ」と階(缶々の階)「だから君はここにいるのか」【舞台編】&【客席編】。バックグラウンドの書き込みがかなり深そうな「アーツ」、今回は上演のなかった【客席編】も控える「だから君はここにいるのか」、どちらもまた大きな情緒変動でカロリーを使いそう。しっかり心を鍛えてガチムチゴリラとなって、またこの仙川の地に戻ってきたいと思います。
もちろん受賞公演のチケットは一般発売もあるよ!ぜひ劇場で心を震わせてほしい。
さいごに
まず何より、本コンクールの運営に携わった全ての方に感謝します。
事前説明会から当日まで、丁寧なアナウンスや動線の確保、スケジュール管理等をしてくださったおかげでストレスなく一般審査員に没頭することができました。質問や要望にもほぼ全て応えてくださりありがたかったです。通らなかったお願いは「Youtubeのアーカイブ残せませんか?」くらいじゃないかな。本当に本当にありがとうございました。
せんがわ劇場も素敵な劇場だと思いました。
駅から近く、公園や商業施設などの生活のなかにポンっと存在していて、このコンクールをはじめ様々なワークショップや催しも多く、まさに「開かれた劇場」だと感じました。一般審査員の控室として使わせていただいたミーティングルームも光が入る明るい場所でとても快適でした。DEL=Drama Education Laboの取り組みも魅力的。私、生まれ変わったら仙川の子どもになりたい。
そしてともに一般審査員を務めたみなさん。
ややタメ口でいきなり話しかける私につき合ってくださって、本当にありがとうございました、お騒がせしました。ふだん孤独に観劇したり配信を見たりしているので、観た直後にみなさんと新鮮な感想を言いあえてとても楽しかったです。また来年せんがわ劇場でお会いできるのを楽しみにしています。
家に帰ってきて、あの時こうすればよかった、もっとこう伝えればよかった、コミュニケーションってむずかしいな、ウホホ……とバナナを食べながら反省したのですが、それと同時に血がめぐって体がほくほくする感覚もあり。
コロナ禍で思うように人に会えなくなって、大好きなライブや舞台も形が少し変わって、作り手の方々が苦しむ姿も見えて、でもそんな中私は作品を受け取ることができてとてもありがたい、はずなのに、なんだか視界が狭くなる気がしていた2年間。ひそかにやっているnoteに病みポエムを投稿するなど、いじけてジャングルでアリ塚をほじくっていた私にとって、このせんがわ劇場演劇コンクールは強烈なショック療法のようでした。舞台「 カモメ」観劇時には、このまま死にたくないけどどうすればいいかわかんない、置いていかないでなんて駄々をこねていた私ですが、この2日間で華やかな場・それを支える愛・産みの衝動・続ける苦労を目の当たりにして、”観る人”としての自分の立ち位置を確認することができました。きっとまた「私は作品を消費してるだけ」とか「観客は無力だ」とかアリ塚に指をつっこむ時もあるだろうけど、それも私のお家芸としつつ、「作りたい衝動」に「観たいという衝動」をぶつければいいんじゃないの、と雨上がりの仙川の風のにおいをかぎながら、素直にそう思えたのでした。
私はまたしばらくのあいだ、家族と生活の遂行を優先する者にもどります。
毎日タイムラインに流れてくる興味をそそる公演の感想や、現場に行きたいけれど配信で見るしかない公演に落ち込むこともあるけれど、私、観劇がすきです。せんがわ劇場演劇コンクールで、観客としての自信をちょっとつけることができました。
月並みな一言だけど、本心からの言葉で締めます。
あなたに出会えて、よかった!