マカロニ。

おたく魂をぐつぐつ煮込んで

正しさ、その線引き ートリガーライン「TRIGGER LINE」ー

2022/11/10 マチネ@中野HOPE

BSニュース番組「44ミニッツ」に匿名の告発書類が届けられた。
それは、あるテーマパークの安全性を脅かす極秘資料だった……。

「ある事実」に直面した登場人物たちの目線を通して描かれる群像劇。
人は何に向き合い、何を選択し、何を手放すのか……

トリガーライン 公式サイトより引用


とあるテーマパークの内部告発を巡る、報道番組スタッフとテーマパーク運営会社、プラスαが描く群像劇。

私はこの物語にたくさんの正しさの線引きを見た。

 

※以下、「役名 / 演者名」敬称略にて記載

 

 

BSニュース番組「44ミニッツ」

中谷しおり(キャスター)/ 杏実えいか

友達の付きそいで受けた採用試験で合格し、なんとなくで歩んできたアナウンサー人生。スキャンダルともいえない食事をスキャンダルと書きたてられ、BS番組に”左遷”。そこから所謂「やりがい」というものを見つけられず、番組打ち切りの話を聞いても、安藤さんに「どうしたいの?」と聞かれても明確な答えもない。

そこに飛び込んできた平山からのスクープ。大企業と戦うにはあまりに非力な彼女に、報道番組のキャスター以上の何かが彼女の中から湧き上がってくる。自分が掴んだ”正しさ”を貫くだけでなく、その後も「見守る」と宣言した彼女の瞳は、報道人としての輝きがやどっていた。

 

安藤朋美(チーフディレクター)/ 清水優華

みんなが居なくなってからやっと、「やっちまったなあ」と一人涙を流す。それは彼女の強さなのか、弱さなのか。

安藤さんはなんか、「身に覚えのある」がいっぱい詰め込まれているというか、頑張っているところも、自分じゃどうにもできないことも、これじゃだめだってわかってるけど進むしかない、と言い聞かせてる感じというか、心の深層に置きがちなものを見せてくれる人だった。病院で連絡がとれなかった、とらなかったあの何とも言えない身体の重さは、シーンとしては直接描写されていないのにひしひしと伝わってくる。

終盤、花岡さんにお見舞いのお礼を言うシーン。たぶんけっこう勇気を出してお礼を言ったのだと思う。気持ちをストレートに言える花岡さんはお見舞いなんて当たり前なのに何を改まって…と少し面食らっていたけれど、私にはなんとなく、あのときの安藤さんの踏み出した一歩はとても大きいように思えた。

 

 

花岡元(ディレクター)/ 薄井啓作

報道マンの野生のカンを頼りに生きているタイプ。先輩風をふかせつつ対等に神崎に向き合う姿、「木工用ボンドじゃ革靴はくっつかねえ!」という斜め上な突っ込みや、はじめ人間ギャートルズという世代が限定される比喩、神崎の怒りの熱弁の向こうや打ち切りの報でオンオンと泣く姿など一挙手一投足が愛おしく、ヒリつく物語のなかで場を和ませてくれる貴重な存在。物語に感情移入しすぎて気持ちがしんどくなってきたら、花岡さんを探して、花岡さんが何をしているかをみて心を落ち着けていた。実際に職場にいたらとても頼りになる方だろうな。

 

神崎耕平(アシスタントディレクター)/ 藤原儀輝

この物語の根幹となる台詞を言えるのは彼しかいなかった。若さゆえの正義感からのエネルギーから放たれるそれはダイレクトに観客へ届く。

雑用を疎うシーンがあったけど、環境を整えるってことは組織の生産性をかなり向上させるんだよ、めっちゃ大事だよ~~と思いながら見ていた。

「報道がやりたいんですよ、報道が!」

そのモチベーションははじめの頃と物語終盤の頃ではかなり熱量が異なる。結末に向かうために、観客の気持ちといっしょに並走してくれるとても頼もしく、親しみやすい人物だった。

 

藤堂直久(プロデューサー)/ 重松宗隆

経験と良心と野心、そのバランスがとれた正しい姿。この物語のバランサーであり一番の”やり手”である。おそらく安藤さんはじめ部下のやり方にはあまり口をださず、責任はしっかりとってくれるタイプの理想の上司。「本当にわからないんですか?!」のくだりは若干荒療治っぽさがあるものの、組織にたりないものを考えさせて、行動させて、「正しい」けれどスレスレな部下たちの行動の責任とって、そしてちゃっかり出世する(しかしそれは自分だけでなく部下のためでもある)。心理的安全性を担保できた良い組織づくりができる藤堂さんみたいな上司、うちにも欲しい…。

 

▼株式会社 トロピカルランド

北条達彦(代表取締役社長)/ 鍛冶本大樹

会社のことやアクアフラッグを語る姿、ヒートアップしてやんちゃな言葉が飛び出すインタビュー、”なりたい自分”を演じようとする姿(客人にウイスキーふるまっちゃうとことか)、記者会見で開き直りというより虚勢で少し上がった顎、粉飾決算の真実を知ってしおしおに萎れた背中、出頭前の反省と未来を見る瞳。

どこを切り取ってもずっと北条はピュアで、こんな上司だったら下は面倒くさいだろうなと思いつつもネガティブな情報を彼の耳に入れたくないな、とも思いそう。それは怒られるからとかではなく、彼の描く夢が実直すぎて、そのきれいなビー玉のような瞳を曇らせたくないよな、ずっと美しい夢を美しいまま見ていてほしいと思わせる魅力が北条にはある。そのピュアさ故に福山につけこまれることにはなるのだけど。。

彼は人を信じすぎてしまう、でもだからこそアクアフラッグも良い構想だったんだろうな。彼が作ろうとしたものを見てみたいなと思う。

 

水島令子(総務課室長)/ 土屋いくみ

粉飾決算を主導し、コストカットのため安全基準をクリアしていない部品を使用、結果としてレインボーコースターの事故誘因となる人物。威圧的で、アウトギリギリなラインで敵を追い詰めるヴィラン……という見方で片づけても物語は成立するが、私はどうしても彼女の眉間の皺が鎧に見えて仕方がなかった。

彼女が粉飾決算等の悪事に手を染める具体的な動機は直接的には描かれていない。しかし「私は、社長の味方ですから」という台詞から、北条へ仕事以上の感情の肩入れがあったのは間違いないし(それは北条への恋慕なのか、北条の夢への共感なのかはわからないが……実は彼女もまた北条と同じ施設出身で、会長の遺志を継いだ者なのかもしれない、なんて妄想もした)、彼女なりに会社やアクアフラッグを守り抜こうという強い意志があったのだろう。とった手段は言わずもがな最悪だけれど。

北条のインタビュー時の(余計なこと言うんじゃないわよ)という空を仰ぐにらみや、初手から福山を信用していないあたり、本当に彼女はひとりで責任を負ってやりたかったんだろうな。最初は北条が無能だから情報を上げてないのか?と思って見ていたけれど、「味方ですから」という一言、「もうどうしたらいいかわからないんでしょ」と吉川に言われたときの表情で、こわばった目元の意味を察することができた。

また、あくまでも契約で相手を縛ろうとするところ、「品のないことはしない」と言い切るところから彼女なりの”遵法意識”という美学が見て取れて面白かった。その目的としてやったことはマジでダメだけど。弁護士資格の設定はその美学の補強のためだったのかな?

最後、悪事をすっぱ抜かれて憑き物が落ちたような声、北条の「刑期があけたらまた一緒にやろう」との言葉への目元のゆるみ…それを見れて、とても安心した。

 

吉川誠司(広報課課長)/ 寺内敦志

”男として”会社に残る選択をし、社長と室長がお縄になった後ひとり椅子に沈み込んだ吉川。電話をしても平山は出ない。結果的にフラれた形となった。

平山目線では頼りない彼氏に見えるけど、あの段階で彼女を信じて即オッケー俺も戦うよ!とはいえなくない?吉川は吉川なりに頑張ってない???と観劇しながらすっごく応援していた。何より、劇後の人生では、登場人物のなかで彼が一番大変だと思う。

粉飾決算をした会社がその後どうなるか、、まずは社内の資料の総当たり、保存、社員ほぼ全員への聴取、再発防止策の策定、数年にわたる定期的な監査と報告。失った信頼を取り戻すのは並大抵のことではない。それを「あとは任せてください」と言える彼は、残った者として良い責任の取り方をしたと思う。

「信じてくれる人を見つけてね」と平山に言われていたけれど、彼は信じてくれる人がいないのだ。信じてもらうために、生きていかねばならないのだ。

 

平山千春(設備メンテナンス課社員)/ 一岡杏奈

自分の大切な場所で起きるかもしれない事故。正しいことをしているはずなのに追い出されてしまった……純粋な正義感は衝動のまま走り出す。

純粋が故に詰めが甘く一人でなんとかなる、と考えてしまっていた。あの時あの店で花岡さんに出会えて本当によかったね。中谷さんに向き合ってもらえてよかったね。

強い芯のある純粋さと、純粋さ故の危うさを絶妙な匙加減で演じておられたので、この手のキャラにありがちな鼻につく感じもなく、どうか彼女の命がけの行動が実を結びますようにと祈るような思いで観劇していた。

それにしても、正しいことをして、正しいことをした人を守る法律があるっていうのに石を投げられたり、ないことないこと言われたり、それの反証のためとはいえ週刊誌に記事になったり……なんて世の中は理不尽なんだろうか。でもその理不尽に加担していないか、と問われたら、正直答えに詰まる。知らずのうちに千の嘘をのみ込んでしまっているかもしれない。これから加齢でどんどん脳が委縮していく中で、私は正気でいられるだろうか。正しいものの煌めきを、ちゃんととらえることができるだろうか。

 

▼週間「インサイド・ナウ」

百瀬郁夫(編集長)/ 林田一高

遵法意識のあるアウトロー、という藤堂と対になる存在。藤堂が正攻法で攻める光であるのに対し、百瀬は影から正しさを追求する。

「正しさ」は色々な種類がある。

法的な正しさ、道徳的な正しさ、感情的な正しさ。人の数だけ正しさがあり、その人の中にもまた数多の、時に矛盾する正しさがあり、その正しさは他者の正しさと合致しないこともある。

百瀬のなかにある「正しさ」のひとつに”売上”が存在した。それのためなら女子アナが左遷されようが議員が辞職しようが自責の念は生まれない。今回は昔馴染みの藤堂と利害が一致したから応えてくれたものの、そうでなかった場合はきっと違う結末を迎えていただろう。それに気づいたとき、人間社会という不安定な営みをまざまざと実感させられた。

 

▼危機管理コンサルティング会社 T&Hカンパニー

福山友和(代表)/ 桧山征翔

出てきた瞬間「やばい奴がきた…!」と鳥肌がたった。

おそらく北条と同じ施設出身だというのも北条に近づくための嘘だし、北条から金を引っ張るためにいろんな暗躍(安藤さんの息子をひき逃げして、それに乗じて真っ赤なポルシェに乗り換えて、石を投げて―)をして、身なりも行動も派手になってゆく。

そして、伝書鳩は黒烏に屠られる。法の裁きも受けぬまま、目立ち過ぎた駒は引導を渡された。彼が何者だったのかもわからない、彼は何者になりたかったのだろうか。

「必要悪でしょ。」

必要とされる人にはそうでしょう。でもそれで被害を被る方はたまったもんじゃねえや。

めちゃくちゃに悪い奴だとわかっていても、とても人懐こくてチャーミングで目が離せない存在。笑顔からにじみ出る不穏なスパイスにはまったら、たぶんコロっとお金を差し出してしまいそうだから一生出会いたくないキャラクター。

 

全体を通して

私自身まさに「安全」「適正な会計」を日々追及しなければならない仕事のため、やってはいけない懲戒事例のデパートである水島さんと、それに巻き込まれ尻ぬぐいをしなければならない吉川君に非常に感情移入しながら観ていた。やっちゃいけないことだってのは、やってる本人が一番わかってるんですよね。でもそうせざるを得ない外的要因や心理的要因が影の方へと引っ張っていってしまう…水島さんの動機と、罰を受けたあとどのように責任をとっていくのかをもっと知りたいなと思った。

また、板の上に自分を見出してしまう存在としては安藤さんが非常に強く作用していて、理想と現実がそのまま眼前にあるような心地の良い居心地のわるさがあってとても面白く拝見した。なんていうんだろう、仕事も夫も子供もぜんぶ大事、どれもジャンル違いでどれも間違いなく1位なんです、みたいな。そんな感じ。独り泣く、ぶわっと後悔が襲ってくるあの感じ……。

 

序盤、福山・北条・百瀬をブロマンス的な視点で眺めていたけれど、中盤~終盤で藤堂さんが百瀬さんをかっさらっていった感じがめちゃくちゃ痺れ、しかし先述した通り昔馴染みだからというより、昔馴染み+利害の一致という2つの要素からのタッグであることに気付いて一筋縄じゃいかない絶妙な関係性じゃん…!と震えた。

 

女性陣はシーンによって衣装が何度か変わっていくが、どれも役柄にぴったりでとても素敵なスタイリング。とくに衣装数の多い平山ちゃんは状況や心境を反映していてとても良かった。居酒屋での、ちょっと浮足立っているであろうタイミングのふわふわスカートからデニムにかわっていく感じとかとても良かったな。最後の中谷さんの鮮やかなスカートも未来の明るさを示しているようで素敵。神崎君はなんか、仕事着と普段着をしっかり分けるタイプなんだろうなーと勝手に思って観ていた。

 

ジェットコースターのようなストーリー展開のなかで、しっかり各キャラクターが生きている素晴らしい群像劇。きっと何度もおかわりしたらもっと色々な気づきがあるんだろうな。上演台本も申し込んだので、各キャラクターの心の動きをもっと知れそうで楽しみです!素敵な公演をありがとうございました!