マカロニ。

おたく魂をぐつぐつ煮込んで

胎内 ―宣誓、これからを生きる者たちへ―

演劇人コンクール2021奨励賞受賞作品、エリア51:神保治暉 演出の「胎内」YouTubeにて観ました。


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概要

演劇人コンクール2021の上演審査では、課題戯曲6つのうちよりひとつを選択し、60分以内にて上演。

課題戯曲のひとつ、三好十郎の原作は青空文庫に掲載されている3時間を超える戯曲。

www.aozora.gr.jp

この課題戯曲「胎内(三好十郎作)」については、一部抜粋あるいはテキストレジを行うことができ(セリフ変更、新たな翻訳は不可)*1、神保治暉演出の胎内もテキレジ・抜粋・再編成により60分内におさめられ、それゆえに三好の原作に忠実なセリフまわしでありつつも、演出により戦後と現代に通ずるものをガツンと提示する作品になっていました。

 

・以下、三好十郎作:胎内を「原作」、神保治暉演出版を「本作」と記載。

・引用するセリフは先の青空文庫に準拠。

・敬称略

 

あらすじ

終戦直後、闇ブローカーの花岡金吾とその愛人村子は、警察を撒くためとある山奥の洞窟に身を隠す。念入りに入口を閉じやり過ごそうとした矢先、地震により唯一の出口が塞がってしまう。暗闇、薄れていく空気、尽きる食料…絶望的な状況の中、先に横穴に潜んでいた復員兵 佐山富夫とともに、生と性で葛藤してゆく。

 

”そうするしかなかった”人たち

舞台は終戦から2年後。「胎内」は”そうするしかなかった”人たちの物語である。

個人の意志など戦時下では貫くことは難しい。生きていくためにそうするしかなかった。

 

花岡金吾(演:長野 こうへい)

もともとは小さな紡績会社の外交員。しかしその会社が戦争中に軍需会社になったのを皮切りに花岡の人生は闇ブローカーへと舵を切っていくこととなる。

軍部におべっかをつかい、賄賂をつかませ女をあてがい、それで得た金で闇取引。妻との間に4人の子供をもうけながら、村子のほかに3人の女を侍らせている立派なゴロツキである。(そしてそれがこの横穴に迷い込む所以でもある)

自分の会社が軍部に下れば、自分も軍部につくしか生きる道はない。まじめに働いていては妻と4人の子を食わせていくのも難しい。当時の彼にとっての最適解である。しかし。

花岡 ……たまらねえんだ、それが。……俺あ、実は弱虫だ。気がついた。……世間で、インチキなことのありったけをして、悪党づらをして通して来たが――そうしなきゃ、やって行けなかったから、したまでで――実は悪党でもなんでもありゃしない。

花岡は実に臆病な男である。本作ではさらにそれが強調されている。情けない声を上げながら横穴の入り口の戸を閉じるし、追手に見つかりやしないかと村子がライターに火をつけることにも過剰に反応するし、物陰から佐山が出てきた折りには完全に腰が引けている。先のセリフは中盤に登場し、満を持して感たっぷりに告白されるが観てるこちらとしては「うん、知ってた…」となってしまうほど彼の弱虫はありありと描写される。

外の世界では虚勢をはれても、この暗闇のなかでは無意味。外界と完全に遮断され虚勢の象徴をぼんやりと眺めながら神にすがり、命は尽きてゆく。

 

村子(演:土屋いくみ)

母妹など6人の家族を抱えてダンサーとして働いていたところを花岡の目にとまり、彼の愛人となり*2、花岡の金で新橋に洋裁の店を出させてもらっている。この時代、女ひとりで食って食わせていくにはこうするしかなかっただろう。村子には意中の男もいたがそれもかなわず、心と身体がばらばらになりながらも生きていかねばならなかった。横穴に閉じ込められてからも、自身の精神的支柱を花岡にすべきか、佐山にすべきかを本能で見極めていく。それは決して女の狡さなんかではなく、村子が生きていくための手段だ。

本作の村子の芯にあるのは「愛」。

村子 第一、織工時代から苦労させて、もう子供が四人もあるおかみさんが、気の毒じゃないの! 私、シンから、そう思う! そうじゃなくって? (ホントの同情でバラバラ涙を流している)

村子 ……その、あんたの奥さんにしても、ホントは、やっぱりあんたを一番なにしているんじゃないかしら、もしかすると?
佐山 軽蔑していますよ、ヘヘ!
村子 いいえ、実は、その反対じゃないかしらというのよ。つまり……あんたのことを一番、もしかすると*3

村子 もっと、からだ以上の、もっと深い、もっとシミジミと深い――私にはなんといったらよいか、いえないの――いえないんだけど、たしかにあるのよ! からだ以上の、もっと深い深い愛情――愛というものは、ある! 気がついたの私、それに。

村子 ……どうしているんだろう、いまごろ、おっ母さんや、妹や、そいから新橋の店の連中?

花岡を軽蔑しながら、彼の妻に本気で同情して号泣する。妻に捨てられた佐山だが、本当はちゃんと愛されてるのでは?と諦めない。極限状態で何も考えられないと言いつつも、夢に逃げ込む直前まで家族を案じ愛を胸に抱いて命を閉じていく。からだ以上の深い深い愛情、、母性本能よりもっと根本的な、人を愛することを信じたい本作の村子はとても愛おしい。

 

佐山富夫(演:原 雄次郎)

「富める夫」という名に相反し、徴兵され前線には立たなかったものの上官に殴られながら横穴をほり、同胞がひとりまたひとりと林の中で首をくくっていくのを眺めながらまた穴を掘り、終戦後やっとの思いで家に帰るが身体は使い物にならずろくに働けない。ついでに過酷な戦争で男性機能は不能になり、妻のチヅは他に男を作って富夫の枕元で乳繰り合う始末。しまいには家に居場所がなくなり、かつて自分が血を吐きながら堀った横穴にたどり着く。

横穴では生気もなく、時に狂いながらも花岡と村子との対話を通して自身の過ちに気付く。

そして彼こそが、原作と本作で最も異なる結末を迎える人物となるのだ。

 

佐山とチヅと、世界線

「胎内」の登場人物は花岡・村子・佐山の3人しか登場しない。そのため、本作の出演者が4人発表されたときは首をかしげた。はて、役名のない高田 歩は何を演じるのか。

その答えは上演開始数秒で、下手に座る妊婦、の腹を移すモニター、という形で提示される。その後も彼女は腹をさすり腰をさすり、のたりのたりと舞台を歩き回り、花岡・村子・佐山の会話に耳を傾ける。

 

彼女はいったい何者か。

地震とともに前駆陣痛に襲われる。

佐山が妻に捨てられた話題で顔を上げ、話題がすぎればうつむく。

村子が狂って「掘ってきた!」と狂喜すればなだめるように腹をさする。

本当は奥さんは佐山のことを愛しているのではと村子が詰めると腹を抱きしめる。

佐山 ヘ! ……なぜ笑うんだ? なにがおもしろいんだ? お前が作ったんだぞ? お前がこうして生みつけたんだぞ!

狂った佐山の罵りに顔を曇らせ、その顔がモニタに大映しになる。

佐山が花岡と争うと本格的な陣痛に襲われる。

 

佐山の妻、チヅは原作では佐山のセリフで名前が出てくるだけ。しかし本作では妊婦の姿で板の上に立つ。

不能になり働けない佐山をチヅは許容できず、他に男をつくった。

それしか原作ではチヅに関する説明はない。そのためここからは演出からの推測にはなるが、チヅは佐山ではない男の子を身ごもったのではないか。また、花岡・村子・佐山のいる横穴がチヅの”胎内”でもあるのではなかろうか。現にチヅがトン・トンと腹を叩くリズムが、横穴に響く音と一致している。

チヅは他の男の子を身ごもり、3人のもがきを腰に響く鈍痛として受け止め、捨てた佐山への後悔の念にジリジリと胸を焼かれながら臨月を迎える。

 

本作は花岡と佐山の決闘、そしてこの状況を夢だと逃げようとする村子の叫び、夢ではないと諭す佐山、価値を失った銭をぶちまける花岡をもって3人は「死」を覚悟する。それと同時にチヅは子を産み落とす。産み落とすが明らかに死産だ。生への希望が断たれた瞬間。胎盤を思わせる腹帯を投げ捨てる姿が悲しい。

 

うなだれる中、村子に縋られ、愛を語る村子の言葉を聞いてから、佐山の様子が変わり始める。己と戦争、向き合うべきだったのにできなかったこと、見なかったふりをしてずるずる戦争に引き込まれたこと。それでも、自分がやっていたのは戦争ではなく”人のため”になるのではないかと穴を掘り続けていたことに気付き、再びシャベルを突き立てる。原作の佐山とは異なりはっきりと生きる事をあきらめずに行動しはじめる。*4

佐山 ……死ぬことがわかっているから、生きて行けるんだ。生きるよ、これから先も。

生きることをあきらめてしまった花岡・村子が映るモニターに、佐山はシャベルを振り下ろす。その瞬間。

 

チヅ ……あんた……!

 

佐山はチヅのもとに”帰ってきた”。

生きる事を明確に選択し世界線を飛び越え、妻の元へ戻ることを許された佐山。彼が同じく絶望を味わったチヅの救いになればいいと、思う。

 

宣誓

「目を背けるな、自分で決めろ。俺はそうして生きていく」

本作で神保治暉はそう宣誓したように感じた。

この世の中は理不尽だ。他者がレッテルを勝手に貼り合って罵って、救済してほしくても救済の権利を得ること自体がとてもとても難しくて、自分の与り知らぬところで他人の都合で物事が決まっていく。そんなのってありかよ。でもそんな世の中で生きていかなきゃいけない。世の中にずるずると引き込まれている場合じゃない、もう俺は目を開いた。シャベルを持った。神にも夢にも縋らない、自分で決めて生きてやる。

ラストシーン、佐山と花岡・村子の間には明確に線が引かれる。気づけた者と考えることを止めてしまった者。

「俺は気づいた、君はどうする?」

本作は令和を生きるもの全てに対してそう問いかけている。

 

そのほか好きな演出やふんわりとした感想など

金メダルと聖火リレー

中盤、狂った村子と花岡は幻聴を耳にして「掘ってきてる!助かった、助かった!!」と狂喜乱舞する。金メダルを首にぶらさげ何処からかトーチを取り出した花岡は、軽妙なリズムに合わせ横穴を一周し、聖火台-村子へトーチを掲げる。両者ともとても良いドヤ顔、佐山は訝しげにそんな二人を眺める。

絶望的な状況と矛盾するはしゃぎ様のふたり、感染状況と矛盾するなか開催に至ったオリンピック。

劇中と現実の”状況と矛盾する滑稽さ”を皮肉をこめて演出されているこのシーンはとても面白かった。

ちなみにこの直前、最初は「俺には聞こえない!」と半べそかいてた花岡の頭を、「ほうら、ちゃんと聞かんかい」と言わんばかりにグワっと地面に押し付ける村子の手がすっごく好き。

 

花岡のズボン、村子のスーツケース・靴・コートは赤。

佐山(とチヅ)の服は白。

村子の横穴での精神的依存先が花岡から佐山に移っていくにつれ、村子は赤いものに触れなくなってゆき、最終的には白いシュミーズ姿となる。

 

音・光

横穴に響くような音、羊水を伝うくぐもるような音、水が岩を叩くような済んだ音…本作の音は多彩で、でも自然にそこに在ってとても良い。

なにやらバネを鳴らす?楽器?を用いて演奏しているらしく??いったいどんな楽器なのか、そもそも楽器なのか?「バネを鳴らす」というワードしかわかんないからハテナだらけで偏差値低い文章になっているけれど、とにかくそれで奏でられる音がとても表情豊かでした。

また地震後に点灯するリングライト。これが点くことことで明るくなるのに逆に閉塞感が出て、光の力ってすごいなあと思いました。そして最後の世界をガラっと変えた上手の照明めちゃ好きです。

 

モニター

登場人物は少ないけれど、舞台上では常に静かに濃密な展開が起きている本作。目が足りない!と焦るけれど、「いまはここを観ろ」とカメラで撮影した映像がモニターに映されるので非常に良き福利厚生。初見の方はこのモニターをガイドに観ていくのが一番わかりやすいのではないだろうか。また、この映像が胎内を”のぞき見”しているような、人の深淵、見てはいけないものを見てしまっているような感覚に誘ってくれる。

 

チームの力

コンクール前はどの出演団体も「最優秀賞とったるで!」とメラメラしていて、SNSで各人の奮闘ぶりを見守っていた。そんな中でエリア51はなんかずっと楽しそうだった。稽古も、移動中のバスも、現地に着いたときも。そして終わったあとはみんな口々に「楽しかった!」と言っていて、あぁなんか…すっごく楽しかったんだな、と思った。なんか小学生のような感想だけど、本当にすっごく楽しそうだった。いいなあ、いいなあ。リモートばかりですっかり”対話”することが減ってしまった私には、対話を重ねて人の心に作用していくモノを作っていく彼らの姿は、とてもまぶしくて羨ましい。

エリア51はビラ配り係とか飯炊き係とか募集していませんか?当方スペアリブと豚汁と唐揚げには自信があります。え、募集してない?ですよねー。はい。

 

一言入魂

驚きとうれしさと申し訳なさとがぐちゃぐちゃになった最後のチヅのひとこと、圧巻でした。

 

おわりに

演劇人コンクール公式ページの舞台写真みると、他の作品も見たくなっちゃうなあ。オリザさん以外の審査員方の講評も気になる。来年は有観客で開催できることを祈っています。

前から好きだったけど、このコロナ禍でたくさんストプレを観るようになり、思ってたよりも私は舞台が好きなんだなあと再認識しています。

そして前はこうやって感想を書き散らかしていれば昇華できてたものが、最近インプットとアウトプットのバランスが完全に崩れてしまっていて書くだけじゃあ何ともならなくなってきました。舞台から受け取ったものが血潮になり、行き場をうしなった血を鼻血としてだらだら噴き出しているような状況です。どうしたもんかなあ…音楽とかライブとかはこうならなくて、皆と共有するとスッと肉になってくれるのですが、お芝居を観ると血がたぎるんだよな……これの解決策については2022年の課題にしたいと思います。*5

 

最後になりましたが、あらためて!

神保治暉先生およびカンパニーの皆様、演劇人コンクール2021奨励賞本当におめでとうございます!良いものをみせていただけて私はとっても幸せです!!!

 

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※本記事のアイキャッチ画像はエリア51公式ページより引用させていただきました。
デザインめっちゃ痺れる…!

 

 

*1:ほか戯曲での制約、レギュレーションは演劇人コンクール公式ページを参照されたし

*2:彼女いわく「手籠め同様」だったようだが

*3:※愛しているんじゃないかしら

*4:原作では当該シーン時は命がほぼ尽きており、村子の中にチヅを見ながら息絶えてゆく

*5:工作に熱量をぶつけてみたんだけど、なんか違った…工作も楽しいけれど。